はじめに
「発達性トラウマ障害」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。育ちにおけるトラウマによる影響として、「発達障害」と見分けのつかない様態を示す場合が少なくないことがわかってきています。
「発達性トラウマ障害」、「発達障害」――両者の成因は元来別であるものの、あらわれが似ています。それだけではなく、個人の中で両者は相互に関係・影響しあっています。
この記事では、臨床心理士・公認心理師の立場から、混同されやすい両者の違いと、見立てや支援の実際について解説します。
発達性トラウマ障害とは
幼少期の慢性的なトラウマが原因
発達性トラウマ障害とは、主に幼少期の慢性的なトラウマによって起こる症状を包括的に捉える概念と考えます。診断名ではありません。
幼少期の慢性的なトラウマとは、例えば慢性的な虐待等(暴力を繰り返し目撃する、過酷で執拗な情緒的虐待にさらされる、ネグレクト、繰り返される養育者との別れなど)、継続的ないじめなどが考えられます。PTSDのA基準を満たす深刻なトラウマ(大文字のトラウマ ※リンク先記事参照)に該当しないトラウマでも、幼少期に複数回、繰り返し経験する(慢性的にトラウマにさらされる)ことによって、心身の発達に悪影響が生じることがわかっています。
心身への影響
幼少期に繰り返し、慢性的にトラウマにさらされることにより、以下のような問題(症状)がみられるようになります。
- 情動制御の問題(恐怖や怒りが極端で調整できない)
- 生理的制御の問題(生活リズムの調整ができない、感覚過敏など)
- 注意と行動の制御の問題(危険認識の低下、自暴自棄、自傷など)
- 自己と関係性の制御の問題(自責感、大人への極端な不信感、反射的な他者への暴力など)
上記のようなあらわれは、見た目上、発達障害や発達障害による二次障害との区別がつきません。
発達障害とは
生まれつきの神経発達の特性
一方で発達障害は、脳の神経発達の違いに由来する先天的な特性です。
代表的なものに、以下のようなタイプがあります。
- 自閉スペクトラム症(ASD):コミュニケーションや社会的理解の難しさがある
- 注意欠如・多動症(ADHD):注意の持続・衝動性のコントロール困難がある
- 学習障害(LD):読む・書く・計算するなど学習にかかわる特定の能力に困難がある
これらは育ち方や親の関わり方によるものではなく、生来的にもつ脳機能の違いによるものです。
ASD、ADHDについては、詳細は下記の記事をご参照ください。
大人のASD特徴を解説 ― 生きづらさを理解し、自分らしい生き方へ
大人のADHDの特徴~生きづらさの背景、受けられるサポートとは
なぜ混同されやすいのか? 共通点とその背景
共通点
発達性トラウマ障害と発達障害には、臨床上「似た行動」が見られるため、混同されやすいという事情があります。
具体例としては、再掲になりますが
- 情動制御の問題(恐怖や怒りが極端で調整できない)
- 生理的制御の問題(生活リズムの調整ができない、感覚過敏など)
- 注意と行動の制御の問題(危険認識の低下、自暴自棄、自傷など)
- 自己と関係性の制御の問題(自責感、大人への極端な不信感、反射的な他者への暴力など)
などがあります。私見となりますが、これらをさらにトラウマ由来と発達障害由来に分けて、それぞれについて分析してみました。
| 具体的な問題 | トラウマ由来 | 発達障害由来 |
|---|---|---|
| 恐怖や怒りが極端で調整できない | 耐性領域(対処できる領域)が狭い。その幅を越えたできごとに伴う情動はコントロールできない(制御できない怒りか、回避か、凍り付きになる) 通常そこまで大きな反応にならないようなことであっても、トラウマ記憶のトリガー(引き金)となりうる | ASD:未経験の事柄への強い不安による恐怖、客観視の難しさにより出力調整が難しい、他者視点の難しさや想像力の弱さにより相手の側に立って考えることで怒りをおさめる力が弱い ADHD:見通しの弱さ、衝動性が強いあまり感情抑制がききにくい |
| 生活リズムの調整ができない | 交感神経が過剰に活性化しており適切に上下をしない(寝る時間になっても下がらない) 副交感神経が働く(リラックスする)ことは危険を感じる(外界からの守りが薄くなる、フラッシュバックなどの症状がおこりやすくなる) | ASD・ADHD:睡眠障害の併存率が高く 眠りに入りづらい(興味のあるものをやめにくい、過集中なども入眠困難を助長)、 朝、目がさめにくい(仮眠傾向のある人もいる。ドーパミンやノルアドレナリンの代謝と関連があると言われている)などが見られる |
| 感覚過敏あるいは鈍麻 | 特にトラウマ記憶につながる音や臭い、接触などに過敏になる 解離が起こっているときの鈍麻 内受容感覚(お腹がすいた感覚など)の感じにくさ | ASD:元来の過敏性から、特定の音や味、臭い、触覚などを嫌がる場合がある また逆に痛みを感じにくいなど、鈍麻のある場合もある 特定のトラウマ記憶によるものではない |
| 危険認識の低下 | 危険に際し、「戦う、逃げる」よりも凍り付いて動けなくなってしまい、傍目には危険を避けていないように見える人がいる 自己治癒の試みや自分は大丈夫だと確認しようとして、再度危険な状況に身を置いてしまう | ASD:その後どうなる、といった想像力の弱さや、一般的にどうかと考える社会性の薄さから、気づくと危険な状況に身を置いていることがある ADHD:抑制系の弱さから、関心を持ったらすぐに行動してしまう |
| 自暴自棄、自傷など | 大切にされた感覚がない、自分を大切にすることがわからない トラウマ記憶やトラウマ反応を即座になんとかしようとしての自傷 | ASD・ADHD:二次障害として、自己否定感の強まりから自暴自棄になることがある 即効性のあるストレス対処としての自傷 |
| 自責感、大人への極端な不信感、反射的な他者への暴力など | 自分が悪いからこうなったという誤った認識 トラウマとなるエピソードが起こった時やその後の大人の対応から不信感を強める 耐性領域を超えた負荷に「戦う」スイッチが入った場合、他者に攻撃が向かい、コントロールできないときがある | ASD・ADHD:二次障害として、多数派でない自分への自責感が高まることが多い また、これまで自身の特性を理解してくれる大人が少なかった場合は、大人や他者への極端な不信として現れることがある 想像できる選択肢の少なさにより追い詰められやすい。また、抑制系の弱さから、行動が先に出てしまうこともなくはない |
分けきれない器質的要因と環境因子
- 幼少期のトラウマは、脳の発達や神経回路に構造的・機能的な影響を及ぼすことが報告されており、例えば前頭葉の灰白質減少などが確認されています。
- 一方で、発達障害も環境因子の影響があるという議論(胎児期の母体のストレスが関与しているという議論や、「遺伝情報という土壌があって、そこに様々な環境要因が影響しあって、結果によっては障害的な域に達する」という考え方)が出ており、完全に「先天だけ/後天だけ」という区分では語り切れないという流れがあります。
以上のように「似ているけど異なる」「でも併存しうる」という構図が、さらなる混乱を招いています。
両者の決定的な違い:何を根拠に見分けるか?
原因・成り立ちから見立てる
幼少期・児童期における 反復的・継続的なトラウマ的体験(環境・関係性)の有無を確認することが最優先です。こういったエピソードがある場合は、発達性トラウマをまず念頭に入れます。
また、確認できる状況にあるならば、胎生期、出生から乳幼児期・幼少期・児童期における発達を確認することが大切です。例えば、トラウマ体験にさらされる前は言葉の遅さが目立たず対人反応も良好だったのか、あるいは赤ちゃんの時から育てにくさを感じていたのか、といった情報も両者を見分ける情報となりえます。乳幼児期から育てにくさや気になる発達のおくれがあった場合、生来性の発達障害を疑います。
「原因背景」に注目することが、まず第一のポイントです。
かかわりによる変化から見立てる
- 発達障害:環境の構造化や、見通しの提示、弱みや強みを勘案した支援、スキル訓練などで落ち着きを見せる子が多いです。ただし、ある程度大きくなっていて二次障害として大人への信頼が持てずに被害感が強まっているような場合は、そういったアプローチのみでは難しい場合があります。
- 発達性トラウマ:安心、安全な環境で、環境や他者への信頼を回復していくこと、その後のトラウマ処理や身体反応へのアプローチ、感情調整訓練などにより、発達の伸びを見せる子も多いです。発達性トラウマにより発達障害様の様子が見られている子に、発達障害の支援のみでアプローチしてもうまく改善が進みません。
このように、かかわりへの反応から見立てていくことも可能です。私見では、発達性トラウマのお子さんが表出する「特定の人に対する希求・独占願望」と、発達障害のお子さんが示す(「不安から)特定の人以外のかかわりを拒むこと」は、表面上は似ていますが、結構感触が異なっているという印象があります。
チェックすべき3つの観点
- 幼少期の関係性・養育環境の履歴
- 養育者の変更・ネグレクト・家庭内暴力といった逆境的小児期体験があったかどうか
- 例:「親の出張/入院が続いた」「親が慢性疾患でケアできなかった」「虐待を受けていた」など
- 発達の初期からの特性と現在の機能ギャップ
- 幼少期から「ずっとできなかった」か、それとも「ある時期から急に困難が出てきた」か
- 発達障害の場合、幼少期から特性が現れていることが多い
- 支援反応・改善のパターン
- 環境調整やスキル支援で改善があるか。改善しづらい場合はトラウマの影響を疑う
- 感情調整・愛着・トラウマ処理を伴った支援で反応が出るか
支援戦略の区別
- 発達障害支援:特性理解・環境作り・ソーシャルスキル訓練・見通しのもてる支援などが軸になる。
- 発達性トラウマ支援:まず「安心できるセラピューティックな関係性の確立」→「トラウマ記憶の処理(例:EMDR・身体感覚の統合)」→「発達支援・環境支援」へ。
「どちらの要素がより強く影響しているか」を見極めつつ、両方の視点を併せ持つアプローチが実践的には非常に有効です。
「どちらか」ではなく「どちらも見立てる」視点を
臨床的には、発達性トラウマと発達障害を二分的に分けないことが重要です。脳の神経発達と心理的な関係性の両方を理解することで、その人の全体像が見えてきます。
発達障害と診断されていても「過去の傷つき」が未解決な場合、トラウマ反応が表出することがあります。逆に発達性トラウマ障害とみなされていても、生まれつきの発達特性も持っている場合もあります。
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発達障害と発達性トラウマの見立てやケアには、専門的な知識と丁寧なアセスメントが欠かせません。
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